合気道を志される人の目的の一つに「心を成長させたい」との想いがあります。
【心は、そもそも成長するものなのでしょうか?】
実は、心は生まれながらに固定していて成長しない、とする考え方と
心は成長するものだ、とする考え方に大きく真っ二つに分かれるのです。
前者は、心が広い人は、生まれながらに優れていて、努力する必要はない、
反対に、生まれながらに心が狭い人は、努力しても無駄と考えます。
後者は、どの人間も、根源的に成長したいとの願いを持っており、
事実、成長するのだ、と考えます。
ぼくは、後者を信じています。
僕自身、何もわかっていなかった20代前半までは、自分中心の
エゴ丸出しの人間でした。
20代後半になって、ようやく人間とは何か?自分は何のために生まれてきたのか?と
思索するようになります。
30代は、産みの苦しみの時代でした。合気道に出会い、主に身体の力を抜くことに
集中していました。
40代半ば過ぎから、身体に加えて、心を変化させることに重点を置けるようになってきました。
50代の今は、
感情が大きく動いた時に、
そして、小さな心のつぶやきに耳を傾けて、
それを具体的な心の変化に役立て、
ようやく「心はやはり成長するのだ」と確信するに至りました。
【心が成長するとしたなら、目に見えない心を何で測定するのでしょう?】
それは、同様なデキゴトに対する我が心の反応で、測定できます。
たとえば、激しくののしられたとしましょう。
たとえば、予想外の大事件が我が身に起ったとしましょう。
そのときに、実際どう自分が反応したのか?
何気ない出来事に対して、
我慢するのではなく、自然にそうなっていた、とき、
私たちは自身の成長を知ることになるのではないでしょうか。
【 合気道が心の成長に果たす役割 】
合気道は、相手と対することを通して、自らの体と心と向き合うモノです。
自分の身体の力が抜ければ、明らかに技のかかりが変わります。
自分の心の在り方が変われば、さらに明らかに変わります。
それは、明確に観えない心を観るのに役立ちます。
他のスポーツも仕事も、そうしたことはありますが、
合氣道ほど明確なモノは無いのではないか、と思います。
ぼく自身は、31歳で初めて、丸20年。
さらに興味が湧いています。
日々、自身と向き合い、己の心身を磨ける砥石として使っています。
おそらく死ぬまで、ぼくのライフワークとなるでしょう。
1年後2年後の自分に出会うのが楽しみです。
が、人はそれぞれ異なる経験、感性をもっていますから、
あなたやお子さんが、合気道に出会ったからといって
同様の心境になれるかどうかは、ぼくにもわかりません。
ただ、言えることは、
取り組む時には、合気道を通じて、どう自分を変えたいのか、
明確な目的意識を持っていただきたい、
そうすれば、あなた(やお子さんの)の人生の為に
なるであろうと信じています。